勤皇の志士たち

天皇を封建的身分制度の頂点に置く、 尊皇思想は、 江戸初期からありましたが、 特に、 幕末から明治にかけての社会の混乱の中では、 この思想が時代の大きな役割を果たすことになります。

幕末になって、 社会が混乱していく大きな理由は、 ペリーなど外国の船の来航による国政の混乱。 十二代将軍家慶の急死。 続く十三代家定も三十四歳で病没し、 世継ぎがなかったために、 将軍継承問題が表面化したこと。 補佐役の老中たちの無能さ。 天保の大飢饉など度重なる飢饉による社会の興廃。 などがあげられます。

当然、 現状への不満が噴き出します。 このような時代を憂いた志のある武士たちは、 従来からあった尊皇思想に、 外圧を排除しようとする攘夷論を結びつけ、 尊皇攘夷論をとなえはじめました。

各地から脱藩した志士たちが京に集まり、 各地の志士と交わり、 政局を論じ、 藩という垣根をとりはらって政治理念を拡大していきました。